やさしく読む歎異抄 第一条 弥陀みだの誓願せいがん不思議ふしぎに

「年も、善い悪いも、選ばない願い」

一言でいうと

年も、善い悪いも、関係ない。
「信じよう」と思えたその時から、もう見捨てられることはない。

こんな気持ち、ありませんか?

就活や面接で

年齢、学歴、経歴。
「選ばれる側」でいることに、疲れていませんか。
第一条は、阿弥陀あみださまの願いは、年寄りか若いか、善い人か悪い人かで、人を選ばない、と言います。

「自分磨き」に追われて

資格、ジム、朝活。
「もっとちゃんとしなきゃ」と、頑張り続けていませんか。
第一条は、念仏よりすぐれたよい行いはないので、ほかのよい行いはいらない、と言います。

昔の失敗が頭から離れなくて

「あんなことをした自分なんか」と、思ってしまうことはありませんか。
第一条は、阿弥陀あみださまの願いを邪魔できるほどの悪はない、と言います。

たとえるなら、帰る家

仕事でうまくいかなかった日も、失敗した日も、
「ただいま」と帰れば、何も聞かずに「おかえり」と迎えてくれる家。
大事なのは、その日の出来ではなく、帰ろうと思う気持ちのほうです。

第一条も、阿弥陀あみださまの願いは、年も善い悪いも問わず、信じる心ひとつが大切だ、と言います。
家が阿弥陀さまの願い、帰ろうと思う気持ちが信じる心にあたります。

この四つのたとえは、分かりやすくするために作ったものです。お寺や学者の説明ではありません。

気をつけたいこと:「悪をおそれなくていい」は、「悪いことをしてもいい」という意味ではありません。歎異抄たんにしょうの第十三条にも、親鸞しんらん聖人しょうにんの手紙の言葉として「薬があるからといって、毒をこのんではいけない」という意味の話が出てきます。

原文とやさしい訳

原文 1

弥陀みだの誓願せいがん不思議ふしぎにたすけられまひらせて、往生おうじょうをばとぐるなりと信しんじて念仏ねんぶつまふさんとおもひたつこゝろのおこるとき、すなはち摂取不捨せっしゅふしゃの利益りやくにあづけしめたまふなり。

やさしい訳: 阿弥陀あみださまの誓いは、人の考えではとても測れない、不思議な力です。その力に助けられて、浄土(阿弥陀あみださまの国)に生まれることができる。そう信じて、念仏を唱えようという気持ちがわいた、まさにその時。阿弥陀あみださまは、その人をしっかり受けとめて、けっして見捨てないのです。

原文 2

弥陀みだの本願ほんがんには、老少善悪ろうしょうぜんあくのひとをえらばれず、たゞ信心しんじんを要ようとすとしるべし。

やさしい訳: 阿弥陀あみださまの願いは、年寄りか若いか、善い人か悪い人かで、人を選びません。ただ、信じる心ひとつが大切なのだと知ってください。

原文 3

そのゆへは、罪悪深重ざいあくじんじゅう・煩悩熾盛ぼんのうしじょうの衆生しゅじょうをたすけんがための願がんにまします。

やさしい訳: なぜなら、この願いは、罪が深くて重く、迷いの心(煩悩)がはげしく燃えさかっている人たちを助けるために、立てられたものだからです。

原文 4

しかれば、本願ほんがんを信しんぜんには、他たの善ぜんも要ようにあらず、念仏ねんぶつにまさるべき善ぜんなきゆへに。

やさしい訳: だから、この願いを信じるなら、ほかのよい行いはいりません。念仏よりすぐれたよい行いは、ないからです。

原文 5

悪あくをもおそるべからず、弥陀みだの本願ほんがんをさまたぐるほどの悪あくなきゆへにと云々うんぬん。

やさしい訳: 自分の悪を、怖がることもありません。阿弥陀あみださまの願いを邪魔できるほどの悪は、ないからです。――と、(親鸞しんらん聖人しょうにんは)おっしゃいました。

⑤の最後の「と云々うんぬん」は、「と、おっしゃいました」という意味です。歎異抄たんにしょうは、弟子が聞いた親鸞しんらん聖人しょうにんの言葉を書き残したものです。

言葉の意味

誓願せいがん・本願ほんがん
仏さまが、人びとを救うために立てた誓い。阿弥陀あみださまは、すべての人を救おうと48の誓いを立てたとされます。
不思議ふしぎ
人の考えでは、とても測れないこと。古い訳では「不思議と云ふより云ひやうのない」と言っています。
往生おうじょう
浄土(阿弥陀あみださまの国)に生まれること。
念仏ねんぶつ
浄土の教えでは、とくに「南無阿弥陀仏なむあみだぶつ」と口に唱えること。
摂取不捨せっしゅふしゃ
しっかり受けとめて、けっして捨てないこと。「摂取」は、仏さまが人びとをおさめとって守ることです。
老少善悪ろうしょうぜんあく
年寄りと若い人、善い人と悪い人。
衆生しゅじょう
命のあるものすべて。とくに人間のこと。仏さまが救おうとする相手です。
罪悪深重ざいあくじんじゅう・煩悩熾盛ぼんのうしじょう
罪が深くて重いこと。迷いの心(煩悩)が、はげしく燃えさかっていること。古い訳では「罪悪深く重い、煩悩の強い」と言っています。

出典

  1. 原文:蓮如(れんにょ)が書き写した本の第一条。親鸞仏教センター(真宗大谷派)講座資料「『歎異抄』思想の解明」(2023年9月19日・12月19日)に載っている本文と照らし合わせました。「熾盛」は、蓮如の本では「至常」と書いて横に「熾盛」と直してあります(同じ資料)。 shinran-bc.higashihonganji.or.jp(PDF)
  2. 本派本願寺 編『意訳聖典』(大正12年・1923年)の「歎異鈔」序・一・十三。 ウィキソース
  3. コトバンク「念仏」「他力本願」。 kotobank.jp(念仏) kotobank.jp(他力本願)
  4. コトバンク「本願」。 kotobank.jp
  5. コトバンク「悪人正機」(改訂新版 世界大百科事典)。 kotobank.jp
  6. コトバンク「衆生」。 kotobank.jp
  7. コトバンク「摂取」。 kotobank.jp

当コーナーでご紹介している「やさしい訳・たとえ・説明」は、出典をもとに GREEN EARTH HAYAMA が独自の理解に基づいてまとめたものです。宗派や寺院による公式な解釈ではなく、また読み方や解説は宗派・研究者によって異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

本コーナーで扱う原文は、約700年前に記された『歎異抄(たんにしょう)』の蓮如(れんにょ)書写本に基づいています。

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