やさしく読む歎異抄
約700年前に書かれた『歎異抄(たんにしょう)』を、今の言葉でわかりやすく紐解いていくページです。
親鸞聖人(しんらんしょうにん)の言葉を、一条ずつ次のステップでご紹介しています。
- 一言でいうと
- こんな気持ち、ありませんか?
- 原文とやさしい訳
- 言葉の意味
『歎異抄』読書コーナーへようこそ
当コーナーでご紹介している「やさしい訳・たとえ・説明」は、出典をもとに GREEN EARTH HAYAMA が独自の理解に基づいてまとめたものです。宗派や寺院による公式な解釈ではなく、また読み方や解説は宗派・研究者によって異なる場合があります。あらかじめご了承ください。
目次
- 第一条 弥陀の誓願不思議に 年も、善い悪いも、関係ない。「信じよう」と思えたその時から、もう見捨てられることはない。
- 第二条 たゞ念仏して 特別な理由なんてない。信じた人の言葉を、ただ信じているだけ。
- 第三条 善人なおもて往生をとぐ 「自分の力じゃ、もう無理」。そう分かった人こそ、阿弥陀さまがいちばんに救おうとしている人です。
- 第四条 慈悲に聖道・浄土のかはりめあり 人を最後まで助けきることは、自分の力だけではできない。だから、念仏の道に、終わりのない思いやりがある。
- 第五条 父母の孝養のためとて 念仏は、亡き親への「お供え」ではない。命あるものは、みんな、つながった家族。
- 第六条 親鸞は弟子一人ももたずさふらう 私に、弟子は一人もいない。信じる心は、だれかの持ち物ではないから。
- 第七条 念仏者は無碍の一道なり 念仏の道は、何ものにも邪魔されない、ひとすじの道。
- 第八条 念仏は行者のために非行・非善なり 念仏は、頑張って積む「修行」ではない。阿弥陀さまの力に動かされて、口から出るもの。
- 第九条 念仏まふしさふらへども 喜べない自分でも、大丈夫。そんな人のための願いだから。
- 第十条 念仏には無義をもて義とす 念仏は、自分の考えを足さずに、そのまま受けとるもの。
原文について
本コーナーで扱う原文は、約700年前に記された『歎異抄(たんにしょう)』の蓮如(れんにょ)書写本に基づいています。
📖 更新情報・掲載状況
当読書コーナーは不定期で更新しています。
- 現在掲載中: 第一条 〜 第十条
- 今後の予定: 第十一条以降も、順次掲載・追加してまいります。